第55回

波瀾だった過去55(混乱)

入店して3日目の閉店間際
見るからにVIPそうなオーラのある男性が
ひとりで入ってきた


お店の女の子もスタッフも
対応が急に変わるくらいのお客様


「あの人はいいお客さんだから!!!」


ママの言葉にも力が入っている

ママは私をその人の隣に座らせた


「新人の沙織ちゃんよろしくねー」


チーママのお客さんらしく
あからさまなVIP待遇のお客様とその貫禄に
私はなんだか緊張してしまった


Fさんというそのお客様は
白のジャケットを羽織って貫禄があって
でも下品じゃなくて品がある


ハーレム状態での接客の中
緊張しながらも
私はそのお客様からの質問に色々答えた


すると突然

「ずいぶん真っ直ぐな目をしてるね
一本真ん中に軸がある」


と、私をじっと見て微笑みながら
その方は私に言った


「でも、まだ細いけどね^^」


お金持ちオーラを放ち
どっしりと腹の座った
今まで見たことのない
貫禄とオーラを放っているFさんにそんな風に言われて
なんだか全てを見透かされてるような
そんな気持ちになった



閉店時間を過ぎても宴が続く席

「どうする?このあと行く?」

ママの問いかけにFさんは笑顔で

「行こうか」


その店は同じビル内に別店舗があって
そこにはカラオケもあって
日常的にアフターとして使われていた


クラブのお客さんを
アフターでそちらにも流せる
一晩で姉妹店を行き来できる美味しい仕組み笑


「沙織ちゃんもおいでよ」


みんなで下のお店に移動し
私はFさんのアフターに素直についていった


そこでカラオケを初めて披露してみた


実は私、今まであまり話していないが
歌が得意なのである


大抵どこに行っても歌だけは褒められる


キャバクラで働いていても
銀座の時も
指名客の2〜3割は
私を口説き目的ではなくて
「あの歌の上手い子呼んで」と
色々唄わされたりして
歌で指名を取れていたくらいだった



この時も内心そこだけは
密かに自信を持って初披露した


「うまっ!!!」


店内から声が聞こえる


「沙織ちゃん!歌うまいのね!」

ママも嬉しそうに笑顔で褒めてくれる

Fさんも満足げに聞いてくれている



アフターも盛り上がり
私はFさんから連絡先を聞かれ交換した






翌日、初日に席について気に入られた
常連の経営者さんとの同伴をした


お店の近くのお寿司屋さんに連れて行かれ
食事開始早々なかなか強引に口説かれる


そのお客さんの
パッと見のイメージと年齢は
加藤茶さんみたいな感じ



「月30万円でどう?」


カウンター席で並びながら座る私の肩を
ガシッと掴まれ言われたその言葉に
一瞬私はびっくりしてしまった


お店に入店して1週間も経ってないのに
それまでのキャバクラとは違う
富裕層の客層とその口説き方に
同じ夜でもまったく違う世界に
動揺してしまった


「いや。。。。」

入店したばかりのお店の常連さん

下手なことはできないと
私はとっても慎重に言葉を探していた



「俺はママの30年来の友達で昔からの常連なんだ」

『俺を大切にしろよ』と
無言の圧をかけられてるようで
私はただただ苦笑いするしかできなかった


今だからハッキリわかって言えることだが
私はアスペルガーという特性上
うまくかわしたり流したりすることができない

自分にも他人にも馬鹿正直なので
全てを真剣に真面目に受け止めてしまい
そんな時適当にあしらうことなんて
至難の技なのだ


「とりあえず考えさせてください」
とお願いしても
「今すぐ返事して」の一点張り


「私には子供もいて・・・」
と正直に話しても
「子供好きだからまかせて!」
と何を言っても通じない


半べそ状態でどうにか食事を終え
お店に入る


同伴とはいえ
常連さんやお金を持ってるお客さんには
新人ということもあり
あちこちつかされる


そのお客さんから少しでも離れられることが
その時は本当に救いだった



「どうしよ、どうしよ・・・」
「ママの大切なお客さんだから
断れない・・・でも・・・無理・・・」


今思えば33にもなって
適当にかわすこともできないのか?
と自分でも思うけれど
入店したばかりのお店ということと
子どもの頃からずっと変わらない
アスペルガーの純粋な特徴だったのだと
改めて思う


ママの大切なお客さんの誘いを断ることで
クビになったらどうしようとか
怒られたらどうしようとか
ただただどうしたらいいのか
その夜から私は深く悩んでしまった



翌日、悩みに悩んだ挙句
私はふとFさんを思い出した



”Fさんなら良いアドバイスをくれるかもしれない!”


チーママのお客さんだし
お店の常連さんだし
何かいいアドバイスをもらえるかも!!と
私は席についた翌日のお礼電話すらしていないのに
相談電話をいきなりかけた


「あの・・・〇〇の沙織です」


Fさん「おー!どうした」


「実はFさんにご相談したいことがあって・・・」


優しい声で聞いてくれるFさん


昨晩の出来事の内容を伝えながら

「もうどうしたらいいかわからなくて・・・
こんなことママには相談できないし
お店の誰に相談したらいいかもわからないし
Fさんしか頼れる人いなくて・・・」


するとFさんは笑いながら

「ほんっと君は面白い子だねぇ」


なぜ笑われてるのか?
私にはさっぱりわからない


”真剣に悩んでるのに・・・”


そんな風に思いつつも
笑って聞いてくれるFさんの温かさが
なんだか少し安心をくれた



「大丈夫だよ、断れば
きっとみんなに言ってるからその人は」


半べそ状態で
思い切って相談した私を
時折笑いながら
Fさんは言い出した



「本当に面白い子だねぇ、気に入ったよ」

「その客は断って僕と付き合おうよ
月40万で」



”えっ?!”



もはや私は
訳がわからなくなっていた