第43回

波瀾だった過去・43(新しい人生)

前を見ようと
決意新たに進もうとした2月

そうは言っても
どこかで不安は
あったのかもしれない。

一年で一番孤独を感じる日
自分の誕生日が近づくにつれ
子どもの頃から痛切に求めていた
”愛が欲しい”
その想いがこみ上げて来る。


2月12日
25歳になるその日

私はKくんから
連絡が来るものと思っていた。

私の誕生日の約3週間前に
Kくんの誕生日があり
この数年
毎年『おめでとう』と
電話をしていたし
この年も当然のようにしていたから

この日私は
Kくんからの連絡が来るものと
ずっと思っていた。


そんな夜
『おめでとう』の電話が来たのは
一緒に住もうと話をしていた
Kくんからではなく
20歳の頃にナンバー1で働いていた
キャバクラ時代のお客さんHくんだった。

お店を辞めても
男友達のように
仲良く食事やドライブに行けるような
元お客さんが数人いて
Hくんはそのひとりだった。

しばらく会っていなかったけれど
『お誕生日おめでとう』と
久しぶりに電話をくれたことが
ただただ嬉しくて
近々久しぶりに会おうと
そんな会話で電話を切った。


結局その日
Kくんから電話はなく
数日後部屋のことで
普通に電話がかかってきただけだった。


子どもの頃から
誕生日だけは
人一倍大切にしていた私。

幸せな誕生日は
パパもママもいてお祝いしてくれた
4歳のお誕生日が最後で
その後誕生日に幸せな想い出なんて
何一つなかったけれど
心のどこかでいつも

自分が生まれた誕生日を
私は何よりも大切に思っていた。


だからこそ

”私を大切に想ってくれてるなら
誕生日はお祝いしてくれるもの”と

誕生日というものが私にとって
をはかる大きな指針にもなっていた。


だけど同時に

”誕生日は、親でもろくにお祝いしてくれないもの”
”私を愛してないからお祝いしてもらえないもの”

と、そんな風にさえ思っていたのだ。


”死んじゃおうかな・・・”
なんて思う時も
「次の誕生日の日に死のう」と
よく考えていたものだった。

それくらい
私にとって誕生日というものは
自分にとっても
誰かにとっても
大切なものだった。


数日後連絡がきたKくんに対し
私は普通に話しながらも
心の中で
”この人は本当に私を想ってないんだ・・・”
と、私の中でKくんに抱き始めていた
信頼感と安心感
そして一緒に住むという気持ちが
泡のように消えていくのを感じた。


”一緒になんか住めない”
”誕生日を忘れちゃうなんて、愛されてなんかない”

そして私はその日から
Kくんと連絡をとることをやめてしまった。

電話も出ず
その気持ちを伝えることもせず
そのまま連絡をとることを
一切やめた。


今思えば
そんなことで愛をジャッジし
そんなことで付き合うことを
やめてしまった選択は
間違いだと分かる。

事実、その後
”あの時もしKくんと住んでいたら
どうなってただろう・・・”
そんなことを何度も考えたりもした。


だけど
”部屋はこれから急いで探せばいいや”
”寮つきの仕事を探せば、家も仕事も見つかるはず”
そう思った私は
求人誌で社宅がついてる仕事を
片っ端から探し始め
自力で人生を進める選択をした。


そして見つけた新宿での受付の仕事。

社宅がある仕事は
パチンコ屋さんくらいしかなかった中で
ようやく見つけた
スクールの受付の仕事だった。

私はすぐさま電話をし応募をした。


面接に行くと
そこは新宿のビルの中でも
新しい綺麗な高層ビルで
眺めもいい広いフロアに
PCと英会話のスクールを運営する
素敵な会社だった。

面接で落ちたことの無い私は
いつものように
元気よく自分をアピールした。

見るからにキャリアウーマンの
素敵な管理職の上司が面接をしてくれた。


今となっては
何を話したか覚えてないが
この頃マーフィーを愛読していた私は
面接前にとってもポジティブな
イメトレをしながら臨んだのを覚えている。

そして2度の面接を終え
私は無事に採用となった。


素敵な職場での新しい仕事。

そして、社宅も都内にある
某〇〇パレスを選んで住むことができるという
とってもとっても有り難い条件。

地元に帰ることもできたが
私は、この時住んでいた国立という街を
離れない選択をした。

そして今の社宅からほど近い
同じ国立にある
〇〇パレスに引っ越すことが決まった。

広々と寝ることができる
ロフトのついた部屋で
お給料から家賃を引かれる形で
すぐに住むことができて
私は、自分の運の良さを実感した。

入社し、研修が始まり
引っ越しも無事に終わり
公私ともに新しい人生
がスタートしたのだ。


そんな中、誕生日に電話をくれたHくんと
久しぶりに食事に出かけることになった。

タイプでも全然ないけど
20歳の頃に働いてたお店に
来てくれてた元お客さんで
私がお店を辞めた後も
たまに「元気〜?」なんて電話すると
変わらず喜んでくれて
この5年ずっと想ってくれてる
温厚な4つ年上の人だった。

特に話が盛り上がることもなく
そもそもタイプでも全然ないのだけれど
ワガママが言える元お客さん。

ただ私の話を飲みながら聞いてくれて
好きな焼肉に連れてってくれる
そんな人。

だけど、この時の私は
新しい人生をひとりで楽しみながらも
もしかしたら多少なりとも
不安があったのかもしれない。

仕事帰りにHくんと
頻繁に電話するようになり
今までにない
仲の良い関係が続いた。

Hくんも車で1時間以上かけて
私を送ってくれたりして
マメに色々やってくれることが増えた。

好きになったわけではなかったが
充実してる日々の中の
ちょっぴり淋しい心の隙間に
すぅーっと入ってきたような
そんな感じだった。


公私ともに充実しながら過ごし始め
1ヶ月が経った頃
私は初めてHくんの自宅にお邪魔することになった。

私が肩こり持ちだと話したら
Hくんはマッサージが得意だと
喜んで私の肩をマッサージし始めた。

「沙織ちゃんがウチにいるなんて夢みたい。
沙織ちゃんと付き合ったら、毎日こうして
肩をマッサージしてあげるのに」

それはそれは嬉しそうに言った。

”こういう人と結婚したら幸せになるのかな・・・”

今まで、好きになった人としか
付き合ってこなかったけれど
こんな風に想われながら付き合って
結婚とかした方が
女は幸せになれるのかな?なんて
そんな風に初めて思った瞬間だった。

すごい好きとか
会いたい!とか
そういう感情は
ほとんどなかったけれど
私は思いきって
Hくんと付き合うことにしてみた。

こんな優しさは
長くは続かないって
知る由もなく・・・