第28回

波瀾だった過去・28(刺青)

  • 彼の家を出て、母とその恋人の家に転がり込んだものの
    一文無しで、精神的にも怯えた状態で
    それから家も仕事もどうしたらいいのか
    全く考えられない状態だった。

    ひとまず彼が離婚届にサインをしてもらえないことには
    心が全く落ち着かず、先のことも考えられず
    それだけが心配でならなかった。

    ただ、母のところに居候してみて
    今までそんな風に母とゆっくり過ごしたことがほとんどなかった私は
    それがとっても幸せでもあった。

    彼と住んでいるからか、母はお料理をしていた。

    母が作る食事を食べられるのは
    子供の頃に年に一回くらいだったから
    その居候生活は私の子供心を今頃になって満たしてくれるものだった。

    母の手料理が食べられて
    夜も母と一緒に居られる・・・
    22歳になっても
    私には、そんな時間が幸せだった。


    数日後、サインをした離婚届が彼から届いた。

    やっと完全に終わった安堵で
    ようやく少しずつ前を見れるようになった頃
    祖母宛に彼から電話があったことを聞かされる。

    「おばあちゃん、俺別れちゃったよ・・・ごめんね」
    と祖母の元に電話があったそう。

    それを聞いて一瞬、同情心が湧いた。
    一瞬・・・



    母のところに転がり込んで2週間くらいした頃
    「そろそろ出てってくれないかな?
    狭いから邪魔なんだよね・・・」
    と、母から言われる。

    ま、相変わらず気分屋で
    私を大切に愛してくれる母ではなかったようで
    親子気分もほんの束の間だった。

    行く当てもなく、頼れる人もなく
    自分で部屋を借りられるお金もなく
    途方に暮れていた時
    キャバクラの時のお客さんで
    同い年の気さくな男友達のような男の子と
    久しぶりにご飯でもしよう!ということになった。

    お店の子みんなと仲良くなるような
    ちょっと変わったその彼は
    感性が面白くて、本当に気の合う友達みたいな人だった。

    食事をしながら色々話し
    行く当てもなくて仕事もできない今の途方に暮れた状況を
    私はつい愚痴ってしまった。

    「なら、ウチに来てもいいよ!
    部屋余分にあるし、買ってるマンションだから
    家賃もいらないよ!」
    と、救いの神のような言葉。

    私は、本当にいいのか何度も確認しながら感謝を述べた。

    この時からかもしれない。
    人生窮地に陥ると、必ずどん底で一本、
    救いの手が差し述べられる。


    母にお礼を伝えて、私はこの男友達の家に居候を始めた。

    同時に、前に働いていたキャバクラに出戻りをすることにした。

    またお店に戻るということで顔を出しに行ったりと
    夜また出歩くようになったものの
    1ヶ月くらいは、DVの彼とバッタリ会うのではないか・・・と
    怖くて怖くて、しばらくは夜出歩くことが不安で怖くてたまらなかった。

    道を歩いていても、大通りを歩いていても
    突然不安に襲われ、周囲をキョロキョロと見渡し振り返ってしまう。

    それほど彼との生活は、私にとって深い深いトラウマとなっていた。


    お店に顔を出した時も、みんなから
    「痩せ過ぎーー!どうしたのーー!細ーい!」
    と言われる程、40キロを切っていた私の身体。

    きっと目も怯えた目をしていただろうし
    エネルギーのない私だったと思う。

    とりあえず、住むところも見つかり
    仕事も戻れることになり
    人生が元に戻ったその時
    私はひとつ決意をした。

    今まで色々なことがあったけど
    もう一度人生をやり直してみようと。

    彼とのことはもちろん
    今までの色々な過去から
    改めて一歩踏み出そうと
    私は決意を新たにした。


    それまで何かあるたびに葛藤しては
    悩み苦しみ自分を責め
    自分の人生を嘆いていた私。

    これからどんな痛みにも耐えて生きて行けるようにと
    私は両腕に刺青を入れた。

    「この痛みに耐えたんだから、生きて行ける」
    この先の人生、そんな風に耐えて行けるように
    そんな誓いを込めて、
    ファッションでもなくお洒落でもなく
    自分への誓いと戒めの意味をこめて
    左腕に「十字架」
    右腕に「死神」を彫った。


    この時、ロスで修行して来た彫り師さんに入れてもらったのだけど
    「死神なんてロスでも女の子で入れる子いないよ!よく考えて!」と
    彫り師さんに説得されるほど、死神を入れるのは珍しかったらしい。

    可愛いデザインとか色々見せられたけど
    その時の私には
    黒い頭巾を被って、大きな鎌を持った死神を入れることしか
    頭になかった。

    下書きや見本にも死神はなく、
    私は自分が思い描く死神を伝え
    その場で書いてもらい、彫ってもらった。


    いつも葛藤ばかりしている
    そんな自分のバランスを取るために
    左にクロス、右に死神・・・
    もうそれしか浮かばなかったのだ。



    20年前の当時は
    刺青を入れるなんて男の子でもなかなか無かった時代。
    女性で入れるなんて、ヤクザの女をしてたか
    海外生活のある子くらいしか本当にいなかった。


    それから20年経つが、一度も出して街を歩いたことはないし
    私に刺青が入っているなんて、かなり親しい人しか知らないし
    見たことがある人なんて、家族か恋人くらいしかいない。


    もちろん、今となっては若気の至りでしかなく
    「この痛みに耐えたんだから強く生きて行こう」
    という意味も、のちに経験する出産の方が遥かに痛かった(笑)


    刺青なんて不便極まりなく、今では正直後悔でしかないが
    だけどこれが、私の生きて来た証しで
    これが「私」なのだと、思っている。