第26回

波瀾だった過去・26(殺人者)

  • 妊娠が分かり、彼のご両親はとても喜んでいた。

    彼も少しずつ子供が産まれることを楽しみにし始めていた様子だった。

    今思うと、もしかしたら彼が妊娠を喜ばなかったのは
    ふたりきりの生活が無くなるからだったのかもしれないと
    今は思う。


    当時、私が一人暮らしをするたびに遊びに来てくれた人がいる。
    私の祖母、母の母親であるおばあちゃんだ。

    ウチはとても複雑で、18の時に亡くなったひいおばあちゃんも
    この祖母も母親も全員が離婚をしている。

    全員が全員、家族と言えど微妙に溝がある・・・
    そんな家系。

    この祖母は、母を置いて離婚したことから
    ひとりで仕事をし生活をしていて
    何かあると、遊びに来ては父親のように私にお小遣いをくれたり
    色々なところに連れて行ってくれた。

    そんな祖母は、この彼との家にもたまに遊びに来てくれた。
    唯一、彼が受け入れてくれた私の関係者だ。

    何故か祖母が来ると、彼はニコニコとご機嫌のいい優しい彼になる。

    「おばあちゃん♪」とそれはそれは懐いていた。

    私のお誕生日には数千円のものでも
    祖母には2~3万円のバッグをプレゼントする。

    そんな彼だった。


    ツワリで寝込む日々が続いたが、
    そんな状態でも彼が優しくなることは当然だが、ない。

    相変わらずの罵倒とDVの日々。

    中絶をしようか、堕ろそうか・・・
    でも過去のツラかった経験を思い出すと
    そんな決断はできない。

    心の中はその葛藤の繰り返しだった。


    そんなある日、祖母が遊びに来た。

    もちろん私は彼のDVも、恐怖の毎日も祖母には相談なんてできず
    そんな苦しみを祖母は知らなかった。

    心配をかけたくないのと、
    自分がそんな惨めな生活を送っていることを知られたくなくて・・・


    夜、みんなが寝付いた頃、
    原因は何だったか忘れてしまったけれど
    彼がいつものように怒り出した。

    祖母が近くで寝ているので怒鳴ったりはできない。
    暗闇の中、ベッドの中で私を上から睨みつけ脅している。

    小さな声だがいつものように「てめえ!ざけんな!ぶっ殺すぞ!」
    鬼の形相で睨み脅す彼。

    既に4ヶ月目に入りツワリもピークになっていたが
    彼のそれは今までと何一つ変わっていない。

    ただ違うのは、祖母がいるから大声ではないだけ。


    そして彼は私をいつものように睨みながら
    拳を振りかざし言った。。。


    「てめえ、腹なぐって流産させるぞ」

    拳を私のお腹の上に振りかざし
    何度もそう私に言う。


    「おばあちゃん、起きるからやめて」
    「おばあちゃん、心配するからやめて」

    私は恐怖の中、彼につぶやいた。


    それでも彼は拳を振り上げ
    何度も私のお腹めがけて殴る真似を繰り返す。


    もうここまできたら怖いものなんてない。
    この人以上に怖いものなんてない。

    そんな思いで私は初めて彼に反抗した。

    「やりなよ。そんなに憎いならいっそ子供も私も殺しなよ」

    彼は更に怒りが増した様子で
    私のお腹を軽く殴った。

    軽く・・・


    「てめえ、次はお前も子供もぶっ殺す」

    そんな捨て台詞を吐いて。



    まだお腹にいる段階で子供を殺そうとするなんて
    いくら感情的になってるとはいえ普通の精神じゃない。

    産まれたら絶対虐待をする。


    この夜のことで、私は中絶を決意した。

    だけどまた、あのツラさを繰り返すことに対して
    その罪悪感と深い悲しみが襲わないわけじゃない。


    その時の葛藤は計り知れないものだった。

    だけど、産んで子供と二人で彼からの暴力に耐えるなんて
    そんな苦しい日々を過ごすくらいなら・・・と
    私は彼と出会う前に溜めていた20万円の貯金を
    全額引き下ろし、病院を探した。


    彼にそのことを告げると困った様子だったが
    かといって強い反対もなかった。

    自分で病院を見つけ、自分で入院の準備をし、自分で費用を準備し
    私は病院へ行った。


    4ヶ月ともなると、日帰りの通常の手術ではない。

    前日に器具を入れ、子宮口を開き
    翌日手術を行なう。


    何でこんなことしてるんだろ・・・
    何でまた私の人生がこんなことになってるんだろ・・・

    死にたい思いがまた久しぶりに溢れて来る。


    私なんて死んでしまえ・・・
    赤ちゃんと一緒に死んでしまえ・・・

    いっそ、私のことも殺して欲しい・・・


    器具を挿入し、誰も居ない広い病室でひとり
    そんなことを思いながら
    赤ちゃんを殺してしまう自分の愚かさから
    自分自身が産まれて来たことさえも
    憎く悔しい、そんな状態に陥った。


    そして深夜、陣痛のような激しい痛みが私を襲う。

    今まで経験したことの無いあまりの激痛に
    看護師さんを呼ぶと
    「陣痛と同じことが起きてるのよ。でもこうしないと手術できないの」
    「頑張って、我慢して・・・」


    看護師さんは優しかった。

    こんな殺人犯の私に
    産まれてなんかこなければよかった私なんかに
    ただ優しく何度も駆けつけてくれた。



    赤ちゃん、ごめんね・・・・

    本当にごめんね・・・・



    激痛の中、ただただそれを繰り返すしかなかった夜。