第60回

波瀾だった過去60 犠牲

築数十年経ってる
昔ながらの団地に引っ越すために
私は準備を始めた
 
 
3LDKで70平米以上あるけれど
とにかく古くて
お風呂はガリガリやる風呂釜タイプで
家賃は113000円
 
 
その広さでその金額は
都内に住む私にとっては
お得に思えた
 
 
夜の仕事を続けてれば
どうにかやっていける金額
 
 
母のバイト代の毎月7万円は大きいけれど
あの母が子守に来てくれるというだけでも
保育園に預けるよりずっとありがたい
 
 
母にも家を出る旨を伝え
諸々準備を始めた
 
 
 
Dくんには気持ちだけいただくと伝え
私は組長に頼った
 
 
だけど組長は
それを恩に着せるわけでもなく
相変わらず3人のうちの誰と付き合うかを
悩んでいた笑
 
 
ある日組長から
「誰を彼女にするか、若い衆にも聞いたら
全員お前って言うんだよ」
 
そう言われたことがある
 
 
 
私は正直
当然だろうなぁと思った
 
 
なぜなら
紀子は若すぎるし
もうひとりの姉さんは
姉さんオーラが凄すぎて
若い衆の皆様に対しても
タメ口で結構横柄
 
 
若い衆の皆様からしたら
その中なら
組長をいつも立てる私が
一番無難なのは
当然だろうな〜と
自信とは違う気持ちで聞いていた
 
 
ただ・・・やっぱり
お相手はヤクザ屋さんの有名組長さん
 
 
正式な彼女になるということに
戸惑いがないわけじゃない
 
 
 
 
そんな時
ママから組長のことを聞かれ
私は正直に相談をした
 
 
すると
組長との付き合いも長く
組長大好きなはずのママから
意外な言葉が返って来た
 
 
「Wさんは本当にいい人よ
女なら惚れるのわかるし
いい男だと思う
だけど組長なのよ
所詮ヤクザなの
毎晩家の前に黒塗りの車が迎えに来て
あんたには小さい子供もいて
そんな生活現実的に考えてみてどう?」
 
 
私はママのその言葉に
冷静になった
 
 
”そっか・・・
毎日家に組長の車が迎えに来て
家の前にそんな車が止まって
単なる男女の問題じゃなくて
常に黒づくめの誰かがいるんだよな”
 
 
思えば
ちょっと一緒に食事に行くにも
黒づくめの人が黒塗りのプレジデントで迎えに来るし
お店に入ってもイカツイ誰かが大抵一緒だし
周りの目もいつも気になるし普通ではない
 
 
冷静になった私は
とりあえず組長から何か言われるまでは
このままでいようと
流れに任せることに決めた
 
 
 
そんなある日
いつもお店に来るが
私は一度もついたことのない
別の有名組長の席につかされたことがあった
 
 
世の中には
こちらの組長の方が名は通っていて
私はこの日初めて話しをした
 
 
「初めて見るな」
 
 「はい、初めてつきますから」
 
 
色々話しているうちに
アフターに誘われ
ママも行って来てとのことで
私はその組長とふたりでアフターに行った
 
 
カラオケのあるお店に行って
その方は気持ちよさそうに唄い始めたが
軍歌ばかり
 
 
一緒に居ても
会話がちっとも楽しくない
 
 
W組長と比べるつもりはなかったが
時折踊りながら唄うチャーミングな組長とは
全然違う
 
 
人間的にもつい
器の大きさとか色々比較してしまう
 
 
 
そしてその組長に
私はどうやら気に入られてしまったようだった
 
 
「俺の女になれよ」
 
 
お店でもアフターでも
それまでの会話で何度となく
「いつもW組長にはお世話になってるんです」
とW組長のことを話してるにもかかわらず
私を口説いて来るその人間性に
私はさらに引いてしまった
 
 
「明日飯食おう!
明日電話するから」
 
 
そう言われ
その日は帰らせてもらったが
翌日電話が来た時
私ははっきりとその組長に伝えた
 
 
「お付き合いはできません
W組長とお付き合いしてるわけではありませんが
Wさんには公私にわたり本当にお世話になっていて
Wさんを無下にするようなことはできないので・・・
すみません」
 
 
丁重に丁重にお断りをしたら
意外にあっさり引いてくれた
 
 
頼まれると断れない
お人好しでNOが言えない私が
あんなにもはっきりと断ったのは
この人生で初めてだったかもしれない
 
 
 
 
引っ越しも住んで
元旦那さんとも正式に別れ
母が平日ずっとウチに泊まり込みで
すべての家事をしてくれる
そんな新しい生活がいよいよ始まった
 
 
 
もともと仲良しだった私の祖母
(子供達のひいおばあちゃん)も
今まで通りウチに来てくれる
 
 
 
実は、ウチはとても複雑な家系で
私のひいおばあちゃんの代から
全員みんな離婚をしている
 
 
私を育ててくれたのはひいおばあちゃん
 
 
母は離婚後に父親(私の祖父)に
育てられたそうで
母とおばあちゃんは
普通の親子より距離があり溝があった
 
 
親子なのに気を使い合うようなそんな仲
 
 
そして当の私としても
こんな風に毎日母と過ごすのは
ほとんど初めてで
それぞれが溝を埋めるような
そんな日々が始まったのだ
 
 
 
母の手料理を食べたことなかった私は
出勤前に母の料理を食べられることが
子供に戻ったようで嬉しかった
 
 
ただ母からは
「毎月の7万円だけは
絶対に遅れず払ってちょうだい!」
と念を押され
母にバイト代として7万円
食費として6万円
を毎月渡すこととなった
 
 
正直キツかったが
毎日子供達にも食事を作ってくれて
家のこともやってもらえるなら
私が頑張ればいいや!と
そんな風に考えていた
 
 
 
美味しいプリンをお土産に買って帰ると
まだ幼い子供達が
「やった〜〜!!」と喜ぶ
 
それを見て
さらに”頑張ろう!”
という気持ちになる
 
 
私はまるで
”世のお父さんってこんな気持ちなんだろうな〜”
と、プレッシャーもあるけど
子供達の笑顔のために頑張ろう!と
そんな気持ちになっていた
 
 
 
そんなある時
組長がちょいちょい連れて来る
ある建築系の社長さんから
席についた時
「月30万でどう?」と
突然口説かれたことがあった
 
 
組長が気にってくれてるはずなのに???
とびっくりしたが
組長のお知り合いだけに
邪険にもできず
私はただ笑ってやり過ごし
聞かれた電話番号だけ答えた
 
 
 
お店で仲良くなった女の子に
ふと一連の出来事を話すと
「ほんっとうに沙織はそっちの人によく好かれるよね!」
と笑われたが
自分でもなぜそっちの人に好かれるのか
さっぱりわからなかった
 
 
 
正直、私は色々混乱していた
 
 
お店に入った時に
月いくらでどう?と口説かれた時は
とにかくどうやって断ろうかとしか思えなかったが
毎月母に渡すお金だけでも13万円かかり
別に家賃や色々な出費がある
 
 
 
子供達の笑顔のために・・・
 
 
 
そんな風に思う自分も少なからず居たが
自分に嘘がつけない私には
これっぽっちも好意を持てない人と
お金のために付き合うなんて
やっぱり苦渋すぎる選択なのだ
 
 
 
翌日母と祖母がいるリビングで
勇気を出して
ふとそのことを打ち明けてみた
 
 
「昨日お客さんから月30万円でどう?
って言われてさ・・・」
 
 
 
その瞬間
母と祖母が
「うわーー!!!
よかったねーーー!!!!」
と二人揃って拍手し始めた
 
 
私は思わず唖然として二人を見てしまった
 
さっぱり意味がわからなかったから
 
 
”やっとの思いで打ち明けたのに
この喜びようって????”と
 
 
 
「よかったねーーーーーー!」
 
そう言って二人は顔を見合わせて
笑顔で喜んでいる
 
 
「おばあちゃん、温泉つれてってもらおうね!」
 
「色々してもらえるねーー」
 
 
 
 
”そういうことか・・・”
 
 
私は”自分が犠牲になれば
家族みんなが幸せになるんだ・・・”
と、そんな風に思った