第21回

波瀾だった過去・21(葛藤)

  • 時には手をあげられ罵倒するだけの彼。

    ある夜も、理不尽なことで怒られ怒鳴られ、外で大げんか。

    逃げようとする私を追いかけアザがつくほど腕を掴まれる、
    私のバッグを奪い放り投げる、180cmの彼が本気で私を突き飛ばす。

    怖い!という恐怖と、罵倒の言葉にただただ傷つく悔しい心。

    「もういやだ!もう限界!」

    数日連絡も取らず別れる決心をしたそんなある日、
    友達の紹介で知り合ったある男の子が居た。

    スラっと背が高くて、お顔はrikacoを男の子にしたみたいなイケメンくん。
    オシャレで爽やかで、今までの人生で出逢ったタイプには居ない男の子。

    横浜に住んでるというその彼にアプローチをされて、私は心が動いた。


    「カレーが食べたい♪」というその彼のリクエストに応えて
    横浜でのデートのあと一緒にスーパーで材料を買い、私は彼の自宅に行ってカレーを作った。

    その彼は嬉しそうにカレーの鍋を覗き込んでいる。

    こんなカッコいい男の子との温かいデート、そして笑顔でカレーを待っている彼、
    申し分ない状態なのだけど、体験したことのない幸せな恋愛に、
    色々な葛藤で私の心は大きく揺れ動く。。。

    「まだ彼とちゃんと別れてないのに、何やってるんだろ」
    「これって裏切り行為だよね」

    『でも、あんな彼・・・私を殴ったんだよ・・・いいんだよ、別れるんだから』

    そんな会話が自分の中で始まって、心が完全に真っ二つになっていった。


    「カレー楽しみだな♪」と言いながら、その彼はお風呂に入って行った。

    泊まることが前提になっているこの状況。

    優しいその彼と一緒に幸せな時間を過ごしたい自分と
    ちゃんと別れてないのに、他の男の子の家に泊まる罪悪感が私を襲う。


    暴力の後、数日連絡も取っていないような半分別れた状況でも
    ちゃんと別れていない、ということが私の生真面目さに釘を刺す。


    その時の葛藤ったら無かった。。。

    裏切るということがどれほど人を傷付けるかを
    幼いときから沢山傷ついて知っていた私は
    その状況が耐えられなくなっていた。


    その素敵な彼は「付き合おう」と言ってくれたわけではない。

    もちろん遊ばれる可能性だってある。

    そう、傷つきすぎると人は誰かを信じることすら出来なくなる。

    もしかしてまた・・・
    そんな風に人を見てしまうことがある。

    色んな経験から、私は人を信じる事に人一倍臆病になっていた。


    「こんなカッコいい人が私なんか本気で好きになる訳が無い・・・」

    そんな風に自分に全く自信がない私は
    その彼の家に泊まることが、ダメな彼氏への裏切り行為としか考えられず
    罪悪感に襲われ苦しくなっていた。

    その彼の優しさや笑顔が、
    本当の愛情なのか見せかけの優しさなのか
    全くわからず、半ばパニックになっていた。

    そして私は、シャワーを浴びてる彼に
    「買い忘れた物があるから買ってくるね」と声をかけた。

    「う~ん、わかったよ~」
    笑顔で応える彼に対しても、深い罪悪感が襲ってくる。


    『私は最低・・・』


    出来上がったカレーの火を止めフタをして、
    荷物を全部持って、彼の家を飛び出した。


    「電車のあるうちに帰らないと・・・」

    あの時の葛藤と動揺、自分が正しい事をしてるのか何なのか
    もはやわからなくなっていた。

    でも、
    「ちゃんと別れていないのに、こんな事できない・・・」

    ただただその思いにかられて私は電車に飛び乗った。



    そしてその夜、私は泣きながら彼氏に電話をした。

    「もうあなたが怒ってばかりいるのも暴力も限界です、今度こそ別れたい・・・」



    何が正しいことなのか、何が自分の幸せなのかもわからない。

    けど、そろそろまともな普通の生活が送りたい・・・

    普通の仕事に、普通の恋愛に、普通の人生を送りたい。


    そんな風に思って少しずつ行動に移し始めた、
    19歳になったばかりの私。



    彼とも別れ、これからの人生を模索し始めたある日

    家の近くを歩いていたら、一台の黒塗りベンツが通り過ぎ、
    私の目の前で停まった。


    後部座席の窓が静かに降りて、そこには
    17の時に私を口説いて来た組長さんが居た。


    運転してるのは、以前私を襲った舎弟分の男。

    「久しぶりだな、元気だったか?」


    組長が私に微笑んだ。